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20260519

朝、本を読みはじめたが、どうしても面白くて執筆に移行できない。本を閉じる、というだけの動作が、こうも難しい日もあるのかと毎回思った。読書のリズムができてしまうと、そのリズムを断ち切って別の作業に移ること自体がひとつの労働になる。書こうとして座っていたはずなのに、いつの間にか頁を進めていた。苦し紛れに三十分だけ書いた。書きはじめてしまえばもっと書けるかもしれない、という淡い期待は今日も裏切られた。三十分で集中が切れたのではなく、はじめから三十分しか書く意思がなかった、というのが正直なところだろう。

休憩中、尻の奥のほうに鈍い痛みを感じた。おそらく硬い便が滞留していて、それが痛みを生み出している。座っていてもじんわりと響いてくる種類の痛みで、立ち上がっても完全に消えない。二時間ほど経って普通に排便できたので、結局は問題なかった。ただ今回は痛みが少し長かった。

AIをめぐる違和感について、夜になってからまた考えていた。先日、どうしても論理的に整合しない部分、間の細かい繋ぎ(容易に自分で思いつけないような箇所)をAIに補完させた。そうして補完されたテキストを読み返したとき、ふっと違和感が立ち上がってきた。補完された部分は、言い方を変えれば可能性を閉ざされた部分でもある。欠落を埋めるためにそのテキストを引っ張ってきたのだから、当然と言えば当然なのだが本来そこには飛躍する余地もあったはずだ。けれどもAIはその余地を律儀に補完で塞いだ。補完させるつもりで出力させたのだから、それでいいのだが、散文にあってはそれでよいのかという問いが残るような気がする。けれども、そこを問われてどうするんだ、という気持ちもある。散文の余地、というのはおそらく、欠落のままにしておく時間や自分でも何を書きたいのかわからないまま手を動かしている瞬間に開いている。

#日記