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動員

テストを兼ねてnoteに投稿した小説を転記します。

※本作はClaude Opus 4.6を用いて執筆しました。


 蒲生のアパートのインターホンが鳴ったのは午前六時半だった。カーテンの隙間から薄い光が差していて、台所の蛇口が滴っていた。モニターにスーツの男が二人映っていた。蒲生がドアを開けると、A4の茶封筒を差し出された。封筒は糊づけされていた。中に紙が一枚入っていて、上部に「徴兵通知書」と印刷されていた。蒲生の氏名と生年月日と住所が活字で並び、本文は三行だった。読み終えて裏返したが白紙だった。
「二十分で支度をお願いします」
 と背の高いほうの男が言った。
「何を持っていけばいいですか」
「手ぶらで結構です」
 男たちは廊下に立ったまま動かなかった。
 蒲生はドアを閉めて洗面台に行き、歯を磨いた。鏡に映った自分の顔を見てから顔を洗った。タオルで拭いたあと着替えずに玄関へ出た。そのときふと寝間着のシャツの第二ボタンが取れかけていることに気づいた。
 スーツの男の片方が透明なビニール袋を広げて待っていた。蒲生はポケットから鍵を出して袋に入れた。男は袋の口をねじって閉じ、油性ペンで表面に蒲生の名前を書いた。
 駐車場にマイクロバスが停まっていた。白いボディに文字はなかった。窓にカーテンがかかっていて中は見えなかった。蒲生が乗り込むと五人がすでに座っていて全員が私服で、全員が手ぶらだった。最後列の窓際に隣の棟の寺島がいた。スウェットパンツにサンダルで、踵が少しはみ出していた。蒲生が隣に座ると寺島は小さく顎を引いた。
 バスが動き出した。市街地を抜け、国道に入った。信号が三つ続けて青だった。寺島がカーテンを指一本ぶんだけ開けた。稲刈りの終わった田んぼが続いていた。切り株が等間隔に並んでいて、土が白く乾いていた。用水路にわずかに水が残っていて、朝日を反射していた。
 四十分ほどで砂利の空き地に着いた。ドアが開くと草と土の匂いが入ってくる。奥にプレハブの建物が三棟並んでいた。空き地にはすでに八十人ほど立っていた。全員が私服だった。コートを着た者もいれば半袖の者もいた。サンダルの人間が多かった。折り畳みのテーブルが一列に並んでいて、テーブルの上に透明なビニール袋がずらりと置いてあった。蒲生はそこに誘導された。
 自分の名前が書かれた袋を見つけた。中に財布と携帯電話が入っていた。蒲生はズボンのポケットに手を入れた。空だった。
「蒲生さん、こちらへ」
 白衣の女性がバインダーを持って立っていた。蒲生は女性について歩いた。寺島はすでに別の棟に向かっていた。
 プレハブの中にパイプ椅子が整列していた。半分以上が埋まっている。正面のホワイトボードに黒のマーカーで「第三回」とだけ書いてあった。蒲生は三列目の端に座った。隣の男は革靴を履いていたが紐が片方ほどけていた。 椅子が全部埋まるとやがて白衣の女性がホワイトボードの前に立った。何も書かなかった。バインダーを開き、最前列の端の人間から順に、一人ずつ顔を見ていった。一人あたり三秒ほどだった。見ている間、何も言わなかった。蒲生の番がきて女性の視線が蒲生の顔の上を通過していった。表情は変わらなかった。
 全員の顔を見終えると、女性はバインダーを閉じた。
「外へ出てください」
 空き地に戻るとテーブルは片づけられていた。砂利の上にビニール袋が一列に並べてあった。袋の数は空き地にいる人間の数とおおむね一致していた。蒲生は自分の名前を探した。見つけた袋の中に鍵が一本入っていた。朝、渡した鍵だった。蒲生は鍵を取り出してポケットに入れた。財布と携帯電話が入っていた袋は見当たらなかった。周囲では何人かが砂利の上にしゃがんで袋の中を確認していた。
 バスに向かう途中で彼が向かったところとは別の棟のプレハブの扉が開いているのを見た。蒲生は中をのぞいた。中に寺島がいた。寺島ともう七、八人が壁に沿って立っていた。全員が裸足だった。靴が部屋の中央に集められていて、サンダルとスニーカーと革靴が山になっていた。白衣の男がしゃがんで一足ずつ手に取り、靴底を見てから左右どちらかに置いた。左に置かれる靴と右に置かれる靴があった。基準はわからなかった。寺島のサンダルは右に分けられた。白衣の男は右の山を段ボール箱に詰め、ガムテープで封をして、箱の側面に油性ペンで六桁の数字を書いた。左の山はそのままだった。壁沿いの人間は誰も動かなかった。コンクリートの床に裸足の指が並んでいた。
 蒲生がバスに乗り込んだとき、三棟目のプレハブから人が出てきた。裸足のまま砂利の上を歩いていた。寺島もいた。寺島は別のバスに向かっていた。そのバスの窓にもカーテンがかかっていた。
 さっきと同じ窓際の席に座り、カーテンを開けた。空き地ではまだ袋の列の前に立っている者がいた。プレハブの入口に白衣の女性が立っていて、こちらを見ているように見えたが、距離があってわからなかった。
 バスが動き出した。来た道を戻っているようだったが、窓の外の田んぼは行きと同じように乾いたままで、四十分経っても市街地には入らなかった。

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