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ひとつひとつの投稿のどうでもよさを維持するために日記は週4.5投稿を下回りたくない。ルールで縛りつつアウトプットへのハードルを極度に下げたい。書かなくなるのが悪である。なぜなら常に書きたいとは思っているからである。なんで書いたほうがよいのか。自分の欲望を満さないとやってられないからである。書きたいことはないが、書きたいという欲望だけはあるので、常にそれをなんとかしようと考えているのだ。小説だって同じだ。
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日記は文章の練習とは考えていない。文章の練習なんて必要ないからである。書きたかったから書いた、これで十分だ、というふうになってしまう。
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ツイートのスクショはなぜ生々しく感じられるのか。何らかの濃い意思表明を目の当たりにしているようである。