歩く
夢を見るとき、彼はこびとが近づくのを見た。
彼は周囲を見わたした。見慣れない風景が広がっていたのだが、彼はまったくおどろかなかった。
壁が真っ黒で、家具一つなかった。天井に埋め込まれた照明だけが白く光っていた。
この部屋にドアはなかった。パーテーションのような障害物が不細工に奥の方へ向かって続いていた。
こびとはひょっこりとパーテーションの隙間から出てきた。
「いやいや、すいません」
とこびとはいった。
「え?」
「あいや、邪魔しませんので、すいませんね」
と腰が低いかんじで、彼を追い越していった。
彼はうしろを振り返ったが、同じような光景が広がっていた。
突然、背中にぞわっとする気配をかんじた。足元を見ると、石畳が広がっていた。彼は、見慣れぬ自分の赤いシューズと紺色の靴下とジーンズを見た。
彼は顔をあげた。目の前には、女の人が立っていた。赤いマフラーをしている。彼のことを見つめていた。
女の人は、まるで彼が何かいうのを待ち構えているようでもあった。それでいて、何もしゃべらなくても、満ち足りているといったようすだ。
彼は機械人形のように体が動き出した。自然に動いているといってもよかった。
彼は、おどろくべきことに微笑んでいた。行き先などわからないのに、彼女を引率するようなかたちで歩きはじめた。
自分の歩く先を見ても、ビルやマンションしかなかった。人工的な建物に挟まれた石畳の通路はまっすぐにのびていた。等間隔に、オレンジ色の街灯が置いてあった。
どこに連れて行くつもりなのだろう。
彼は考えもせずに声を発した。
「あれがわたしの分岐点だった」
「でもこうなるしかなかったと、思うよ」
と彼女はいった。
「もっとなんか、自分にとって大事なものにするつもりだったんだけど、偶然に任せた」
「どうして?」
「考えてもしょうがないからだよ」
「同感」
「許してほしいよ」
「そんなことを言われる筋合い、ないよ」
神妙な会話が続いていると思われたけど、じっさいのところはよくわからなかった。
「待ってて」
と彼女はいって、彼のことを追い越した。
彼女は、右斜の方向に走って行った。入口と通路側の壁が、ガラス張りになっている建物に入っていった。ロビーが丸見えだった。建物内部の壁に、油彩画が飾られている。人が住んでいる場所なのかわからない。
彼は建物のすぐそばに行くと、歩みをとめた。彼女のことを待った。
すぐに彼女は、建物から出てきた。彼のもとに戻ってきた。手になにか持っていた。
「これで終わり」
と、彼女は言って、取っ手がついた透明のボックスをおろした。
留金がパチンと音を立てて、ふたは開けられた。
ボックスのなかには、みっちりと色とりどりの積み木が敷き詰められていた。それでいて、ボックスのなかは水浸しになっていた。
「ここにぜんぶ詰まっているんだ」
と彼女は言い聞かせるようにいった。
彼は、赤い三角形を一個つまんで取り出した。