書見台
蟄居。なにもしたくないわけではなく金がないので家にいる。家にいるのは苦痛ではない。午前中はある程度動けたけどご飯を食べてから異様に身体がだるくなり無気力になった。そのまま横になった状態で夕飯を食べた方がいい時間になり、食事をすませると、さらに身体がだるくなった。虚脱しているしかなく、消化を待った。やがて寝た。起きたらある程度回復していたけどもうけっこう遅い時間。それから1時間半ぐらい本を読んだり、だらだらここに書いたり。
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紙の本を読んでいて「あ、これ書き写したい」と思ったときに、よく困る。今までは下の画像のような文鎮を使っていた。
これはとても使いづらかった。文鎮を置く位置に手こずる。自分が読むものは参考書や雑誌ではないので、テキストとかぶらない位置に置くのが難しい。本によってサイズも違うので、置きづらいことが多い。最初らへんのページだと、文鎮じたいが安定せず倒れてしまうことが多かった。不便だと思っていた。
そして新たに書見台を購入した。最初はネットでは買わずに東急ハンズに寄ったついでに下の画像のようなやすい書見台を買った。しかし、買ったのは随分前なので覚えていないのだけれど、そのとき、使用してみてしっくりこなかったのでカラーボックスの奥の方にしまいこんでしまった。
東急ハンズで買った書見台は使わなくなった。結局ふたたび書見台を購入した。Xでなんとなくフォロワーが使っているのを見たことがあったので、woodmateの書見台を買い、これで落ち着いたが、それすら、やがて使わなくなった。机がもともと狭いのに掃除が大嫌いなので、思うままに過ごしていたら書見台を置くのが困難になった。また文鎮を使うようになった。 woodmateの書見台はなんか別の人にあげてしまった。サイズが大きめなので場所をとるし、まあいいんだけど、あげなくてもよかったかもしれない。
そして今日、なんとなく思い立ってまた書見台を使いたくなった。(こうして書いていて、自分でもうんざりする)本を読んでいてメモをしているときにやっぱり書見台に戻ってみたいと思った。ただ、メインモニターが置いてある机の上と、サブモニター前の空間が混迷を極めていた。ちゃんと片付けないまま惰性で文鎮を使っていた。どうにかしたいと思ったので、そのあたりを一掃して書見台を置くことにした。
woodmateの書見台はもう手元にないので久々に東急ハンズで買ってきたやすい書見台を引っ張り出して置いてみるといい感じだった。どうして前は使いづらいと思ったのだろう? あまりに分厚い書物は置けないからだろうか。600ページぐらいの分厚い本を置いても、安定していた。サイズが結構小さいから置いておいてもそんなに場所はとらない。文鎮生活はもうやめたかった。混迷を極めていた区画は基本的に本が置いてあるから混迷を極めていたのだけど、無造作に積んであった本は極小の本棚に限界まで詰め込んで机の使える空間を広くした。これからメモが捗ればいいと思う。
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こんなどうでもいいことを書くのにすごい時間を使った。毎日書くのはいいことだけど。たいてい「■」でわけていてこれは複数のトピックを書きたい、というか多分書くことになろう、と思ったから分割形式にしたのだけれど、だいたい数日書いてみて気づいたのは、2トピックぐらいで書くのにもう満足してしまうということだ。満足するというか、疲労感がおそうことがある。すぐに体力が尽きる。一つ一つのトピックでさえほんの少しで終わり、なことが多い。だいたい投げやり。書いていて、あれ?そんなに書くことねえな? となったりする。
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これを書いているあいだに10日の午前0時になった。保坂和志の『鉄の胡蝶は』の電子書籍が配信となった。いそいでAmazonのページにとんで購入した。これから読もうと思う。これ何年ぶりの新作なんだろうか。ていうかこれは小説なのか?


