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転出のみ

※本作は自作のプロントを用い、Claude Opus 4.6の出力したテキストを再構成・編集・加筆したものです。



 その町には雨が降らなかった。
 正確に言えば、降ることはあった。ただし最後に降ったのがいつだったか誰ひとり覚えていなかった。郵便局の壁に貼られた古い暦には、三年前の七月十七日に赤い丸が付けてあったが、それが雨を意味するのか、誰かの誕生日を意味するのかは、もう確かめようがなかった。郵便局長は二年前に町を出ていた。
 県道沿いに並ぶ家々の屋根は、どれも同じ灰色をしていた。かつては赤や青や緑の瓦が載っていたはずだが、砂塵が何年もかけてその色を奪い、今では空の色と地面の色の中間のような、名前のつけようのない色に統一されていた。
 駅前の時計台は午前十時十四分を指したまま止まっていた。時計台の下にはベンチがあり、ベンチの上には砂が薄く積もり、砂の上には猫が一匹、目を閉じて横たわっていた。猫は生きていた。尾の先だけが、ときどき地面を打った。

 駅には一日に二本の列車が止まった。朝の七時十二分と、夕方の五時四十八分。どちらも三両編成で、降りる人間はめったにいなかった。駅員は改札口の横に置いた折りたたみ椅子に腰かけ、ペットボトルの水をちびちび飲みながら列車を見送った。ホームの端に生えていた雑草は、半年前に枯れた。駅員はそれを抜かずにそのままにしていた。枯れた草の茎が風に揺れるのを見るのが、日課のひとつになっていた。
 駅員の制服は襟のところが擦り切れていた。新しいものを請求する書類は、三ヶ月前に本社に送ったが、返事はなかった。駅員はもう一度送ろうとは思わなかった。

 駅から県道に出て西へ七分ほど歩くと、理髪店があった。「カットハウス・ミナミ」という看板が、片方の鎖が切れて斜めにぶら下がっていた。店主の南はその看板を直す気配を見せなかった。店内には椅子が二脚あったが、使われているのは入り口側の一脚だけだった。奥の椅子には古い週刊誌が積まれていた。一番上の号の表紙に写っている女優は、三年前に引退していた。
 南は毎朝八時に店を開け、夕方五時に閉めた。客が来るのは週に三人か四人だった。南は客の髪を切りながら何も話さず、客も何も話さなかった。
 床に落ちた髪は、どの客のものも白かった。

 町の東の外れに、かつて小学校だった建物があった。
 校庭には遊具が残っていた。ブランコの鎖は錆びて茶色く変色し、滑り台の表面には砂が堆積して、滑ろうとすれば途中で止まるだろうと思わせる程度に粗くなっていた。鉄棒は三本並んでいて、一番低いものだけがまだ握れる状態だった。  
 残りの二本は、触れると錆が手につくほどに劣化していた。
 校舎の窓ガラスは、三分の一ほどが割れていた。割れた窓からは風が入り、廊下に砂が吹き溜まっていた。下駄箱にはまだ靴が数足残っていた。白い上履き。サイズは十八センチから二十一センチ。持ち主の名前が油性ペンで書かれていたが、どれも読めなくなっていた。
 二階の教室には机と椅子が並んだままだった。黒板に最後に書かれた文字は「しゅくだい かんじドリル P.34」で、日付は書かれていなかった。チョークは粉になって受け皿の中に溜まっていた。教卓の引き出しには、丸つけ用の赤ペンが一本と、画鋲が数個と、飴の包み紙が一枚入っていた。

 町に一軒だけ残っている食料品店は、角谷商店といった。
 角谷トメは八十三歳で、毎朝六時に店を開けた。店の面積は六畳ほどで、棚には缶詰、乾麺、調味料、菓子、日用品が並んでいた。冷蔵ケースには豆腐と牛乳と卵が入っていたが、牛乳は週に二回、配送のトラックが県道を通るときに届けられるだけだった。
 トメの夫は十一年前に死んだ。息子は東京にいた。息子は年に一度、正月に帰ってきた。
 トメは店番をしながら、小さなテレビで時代劇の再放送を見た。テレビの画面は左上の隅が少し暗くなっていた。音量は常に最大に近かった。通りを歩く者には、殺陣のときの効果音がかすかに聞こえた。

 店の裏には小さな庭があった。かつてトメの夫が野菜を育てていた庭だった。トマト、茄子、胡瓜、南瓜。夫が死んでからも、トメは二年ほど庭の世話を続けた。しかし水が足りなかった。井戸の水位は年々下がり、水道の水は高かった。三年目の夏に、トメは庭に水をやるのをやめた。
 今、その庭には何もなかった。土は白っぽく乾いて、ひびが入っていた。ひびの幅はいちばん広いところで小指が入るほどだった。庭の隅に置かれたプラスチックのジョウロは、紫外線で色が抜けて、元の色が緑だったのか青だったのかわからなくなっていた。

 町役場は県道沿いの、かつてガソリンスタンドだった建物の隣にあった。
 ガソリンスタンドは七年前に閉じた。給油機は撤去されていたが、屋根の鉄骨だけが残っていた。鉄骨には企業のロゴが描かれていたが、色が剥げて何の会社だったかわからなくなっていた。夜になると、屋根の下に野良犬が三匹ほど集まって眠った。犬たちは朝になると散っていった。
 町役場の職員は三人だった。課長の堀田、主任の岩瀬、そしてパートの小野寺。堀田は五十八歳で、あと二年で定年だった。岩瀬は四十二歳で、三年前に市の職員から配転されてきた。小野寺は三十五歳で、週に三日、午前中だけ出勤した。
 役場の業務のほとんどは、住民の転出届の処理だった。転入届はこの二年間で一枚も出されていなかった。堀田は毎月の人口動態を県に報告した。数字は毎月減った。折れ線グラフにすれば、右下がりの直線に近い曲線を描いただろう。堀田はグラフを作らなかった。数字だけを記入した報告書を、月末に郵送した。
 岩瀬は昼休みに役場の裏で煙草を吸った。煙草を買うには隣町まで車で四十分かかった。岩瀬は二週間に一度、まとめて二箱買った。
 裏口の横に、誰かが植えたらしい紫陽花があった。水をやる者がいないため、葉は縮れ、花は咲かなかった。毎年春になると新しい葉が数枚出て、夏になるとその葉が丸まり、秋にはすべて落ちた。花は咲かないまま、同じことを繰り返していた。

 町の北には、山があった。
 山の斜面にはかつて杉が植えられていた。戦後の植林政策で植えられたもので、現在の樹齢は七十年を超えていた。しかし手入れをする者がいなくなって久しく、杉は間伐されないまま密集して育ち、幹は細く、枝は隣の木と絡み合っていた。林の中は昼でも暗かった。下草はほとんど生えていなかった。地面には杉の枯葉が厚く堆積していた。
 山の中腹に、小さな神社があった。鳥居は木製で、朱塗りが剥げて地の木目が見えていた。石段は途中の数段が崩れていた。崩れた石は斜面に転がったまま放置されていた。本殿の扉は閉まっていた。賽銭箱には蜘蛛が巣を張っていた。
 神社の世話をしていたのは、麓に住む高山という老人だった。高山は毎月一日と十五日に参拝し、境内を箒で掃いた。落ち葉を掃いても掃いても、翌日にはまた同じだけ積もった。高山は八十七歳で、膝が悪かった。石段を上るのに二十分かかった。
 高山の妻は昨年の冬に亡くなった。葬儀には十四人が参列した。そのうち町の住人は九人で、残りは隣町の親族だった。火葬場も隣町にあった。骨を拾うとき、高山は箸で骨を持ち上げようとして落とした。手が震えていた。
 高山の家の前には柿の木があった。毎年秋になるとたくさんの実をつけた。高山の妻は毎年その柿を干し柿にした。渋柿だったが、干すと甘くなった。妻がいなくなった秋、柿は実をつけたが、高山は収穫しなかった。実は枝についたまま熟し、やがて鳥が来て食べた。鳥が食べ残したものは地面に落ちて、腐って、土に還った。

 町で唯一の医療機関は、佐々木医院である。
 佐々木は七十歳の内科医で、週に四日、午前中だけ診療した。診察室には木製の机と回転椅子があり、机の上には聴診器と血圧計と、処方箋の用紙の束が置かれていた。壁には十年前の製薬会社のカレンダーが貼ってあった。カレンダーの写真はスイスの山だった。
 患者は一日に五人から八人。そのほとんどが高血圧か糖尿病か腰痛で通院していた。佐々木は患者の顔を見て、血圧を測り、薬を処方した。会話は最小限だった。
「変わりないですか」
「ないです」
「じゃあ同じ薬出しておきます」
 それだけで終わることが多かった。雑誌が数冊置いてあった。すべて二年以上前のもの。壁に掛けられた時計は正確に動いていた。
 佐々木には後継者がいなかった。息子は医者になったが、都市部の大病院に勤めていた。一度だけ、町に戻って診療所を継がないかと訊いたことがあった。息子は「考えておく」と言った。それから四年が経った。佐々木はもう訊かなかった。佐々木は毎週水曜日の午後、休診の日に、自分の車で隣町のスーパーマーケットに行った。食料品と日用品を買い、ついでに本屋に寄って文庫本を買った。推理小説が多かった。読み終わった本は診療所の待合室に置いた。しかしそれを手に取る患者を、佐々木は見たことがなかった。

 夏が来ると、町は更に静かになった。
 気温は連日三十五度を超えた。アスファルトの県道に陽炎が立ち、遠くの景色が歪んで見えた。蝉が鳴いていた。朝の六時から夕方の六時まで、途切れることなく鳴いていた。しかしその声を聞いている人間の数は、おそらく蝉の数より少なかった。
 駅員の三田村は駅の事務室の扇風機の前に座り、時刻表を眺めた。時刻表は去年のものだった。ダイヤは変わっていなかった。三田村はそのことを確認するためだけに時刻表を眺めた。
 南は理髪店の椅子に座り、天井を見上げた。天井のシミが人の顔に見えることに、十年前に気づいた。右目が大きく、左目が小さい顔。鼻はなく、口のように見える部分は長くて薄かった。南はそのシミを「先生」と呼んでいた。
 角谷トメは店のカウンターに両肘をつき、テレビを見ていた。画面では侍が刀を抜いていた。斬られた側の男が倒れる芝居が大袈裟すぎた。トメはテレビに向かって首を振った。
 堀田は役場の机で報告書を書いていた。七月の人口。前月から二名減。一名は死亡、一名は転出。死亡したのは独居の女性で、近所の者が三日間姿を見ないことに気づいて通報した。発見時、台所のテーブルの上に、食べかけの煎餅があった。
 岩瀬は裏口の前にしゃがみ、煙草の煙を空に向かって吐いた。空には雲がなかった。青というよりは白に近い空だった。太陽の光が強すぎて、色が飛んでいた。
 高山は自宅の縁側に座り、庭を見ていた。庭には何もなかった。柿の木だけが立っていた。幹に蟻が列を作って登っていた。どこへ行くのか、蟻だけが知っていた。

 ある日、町に見知らぬ女が来た。
 朝の列車から降りたその女は、三十代半ばに見えた。小さなスーツケースをひとつ持っていた。スーツケースは紺色で、車輪のひとつが軋んだ音を立てた。女は駅の周りを見回し、それから改札口に立っている三田村に声をかけた。
「この町に、宿はありますか」
 三田村は少し間を置いてから答えた。
「民宿が一軒。県道をまっすぐ行って、橋の手前を右です」
 女は礼を言い、スーツケースを引いて歩き始めた。車輪の軋む音が、静かな県道に響いた。三田村は女の後ろ姿を見ていた。スーツケースが砂埃を巻き上げ、その埃が女の足元でしばらく漂ってから地面に落ちた。
 民宿は「かわせみ」という名前だった。経営しているのは藤田という六十代の女で、かつては夫と二人でやっていたが、夫が脳梗塞で倒れてからは一人で切り盛りしていた。夫は隣町の介護施設にいた。
 部屋は六室あったが、使えるのは二室だけだった。残りの四室は、畳が傷んだり、窓の建付けが悪くなったりしていて、修繕する金がなかった。藤田は使える二室を交互に使い、使わないほうを換気した。客が来るのは年に数回。釣り人か、道に迷った旅行者か、何かの調査員だった。
 見知らぬ女は二階の角部屋に通された。六畳間で、窓からは裏の空き地と、その向こうの山が見えた。布団はよく干してあり、日向の匂いがした。
 女はスーツケースを開けなかった。窓の前に座り、外を見ていた。空き地には草が生えていたが、どれも背が低く、色が薄い。

 翌日から、女は町を歩いた。
 朝八時ごろ民宿を出て、県道を東へ、それから西へ、路地に入り、また出て、夕方まで歩いた。手には何も持っていなかった。写真も撮らなかった。誰かに話しかけることもほとんどなかった。
角谷商店の前を通ったとき、トメが声をかけた。
「どこから来なすった」
 女は足を止めた。
「東京です」
「東京。遠いねえ」女は小さく頷いた。トメは何か言おうとして、やめた。

 南の理髪店の前を通ったとき、南は窓越しにその姿を見た。南は客の髪を切っていた。客は堀田だった。南は鋏を動かしながら窓の外を見た。二人とも何も言わなかった。
 女は旧小学校の前で立ち止まった。門柱に「町立東小学校」という表札がまだ掛かっていた。女は門の中に入り、校庭を横切り、ブランコの前で足を止めた。錆びた鎖に手を伸ばしかけた。それからしばらく校舎を見上げていた。割れた窓から風が入り、カーテンの切れ端が揺れていた。
 女は校庭の隅にしゃがみ、地面に手を置いた。乾いた土。指で少し掘ると、すぐに同じ色の土が出てきた。表面も中身も同じ色である。
 夕方、女は民宿に戻った。藤田が夕食を用意していた。焼き魚と味噌汁と漬物と、小さな鉢に入った煮物。女は黙って食べた。箸の使い方は丁寧だった。魚の骨をきれいに外した。
 食後、藤田が茶を出した。
「何日くらいいらっしゃるんですか」
「まだ決めていません」
 藤田は湯呑みを拭きながら頷いた。

 四日目の午後、女は山の神社に向かった。
石段の下で高山と出会った。高山は参拝を終えて降りてくるところだった。箒を肩に担いでいた。
「こんにちは」と女が言った。
「ああ」と高山が言った。
「お参りですか」
「掃除です。月に二度、掃除をする」
 女は石段を見上げた。崩れた段があるのが見えた。
「上まで登れますか」
「気をつければ」
 女は石段を登り始めた。高山は石段の下に立って、それを見ていた。女の足元が危なっかしかった。崩れた段のところで少しよろめいたが、手すり代わりの杉の幹を掴んで体勢を立て直した。
 本殿の前に立つと、町が見渡せた。灰色の屋根が点在し、その間を県道が一本通っていた。遠くに、使われなくなったガソリンスタンドの屋根が見えた。その隣の小さな建物が役場だった。
 女はしばらくそこに立っていた。風はなかった。杉の葉が動かなかった。空気は乾いていて、遠くの景色まで鮮明に見えた。鮮明すぎるほどに。それはかえって、何もかもが作り物のように見える鮮明さだった。
 女は賽銭箱に百円玉を入れた。硬貨が箱の底に当たる音がした。乾いた、軽い音だった。蜘蛛の巣が揺れた。女は手を合わせなかった。

 石段を降りると、高山がまだいた。
「何も見えんかったろう」と高山が言った。
「いいえ。よく見えました」
「そうかい」
 高山は箒を持ち直して歩き出した。その背中は曲がっていた。

 女が町に滞在して一週間が経った。
 藤田は女のために毎日三食を作った。朝は味噌汁とご飯と焼き海苔。昼は握り飯を二つ包んで持たせた。夜は日によって違った。煮魚の日もあれば、カレーの日もあった。

 十二日目に、町で葬式があった。
 死んだのは、県道沿いに住んでいた老人だった。名前は吉岡。八十九歳。独居。死因は老衰と推定された。発見したのは佐々木で、三日前の診察予約に来なかったため、訪問したところ、布団の中で亡くなっていた。穏やかな顔だったと、佐々木は藤田に話した。
 葬儀は町の集会所で行われた。読経をする僧侶は隣町から来た。集会所のエアコンは壊れていたが、季節が秋に変わりかけていたため、窓を開ければ過ごせた。
 焼香の列は短かった。全員が焼香を終えるまでに五分とかからなかった。堀田は町長代理として挨拶を述べる。短い挨拶。

 葬儀のあと、堀田は役場に戻り、人口の数字をまた一つ減らした。八十五。
 岩瀬は裏口で煙草を吸いながら、空を見上げた。秋の空は夏よりも青かった。女は葬儀に出なかった。集会所の前を通ったとき、中から読経の声が漏れてくるのを聞いただけだった。女は足を止めず、通り過ぎた。

 十八日目の朝、女はスーツケースを持って民宿の階段を降りてきた。
 藤田は台所にいた。朝食の味噌汁を作っていた。女が食卓に着くと、藤田は味噌汁と、ご飯と、目玉焼きと、漬物を並べた。いつもと同じ朝食だった。
「今日、発ちます」
 と女が言った。
 藤田は少し間を置いて、「そうですか」と言った。
 女は黙って食べた。味噌汁を最後の一口まで飲んだ。

 会計のとき、藤田は計算機を叩いた。十八泊分の宿泊費と食事代。女は財布から紙幣を出して払った。藤田は領収書を書いて、宛名を訊くと、女は名前を言った。藤田はそれをボールペンで書いた。インクが薄くなっていて、二度なぞった。
「何か、わかりましたか」
 と藤田が訊いた。
 女はスーツケースの取っ手を握ったまま考えるように首を傾けた。
「いいえ」
 藤田は頷いた。
 女は玄関で靴を履き、引き戸を開けた。外は曇っていた。空全体が均一な灰色をしていた。
「お世話になりました」
「お気をつけて」

 女は県道を駅に向かって歩いた。

 駅に着くと、三田村が改札口に立っていた。
「お帰りですか」
 と三田村が言った。
「ええ」
 三田村は切符を売った。隣町までの片道切符。女は硬貨を出して払った。
 ホームに出ると、風が吹いていた。北からの風ではなく、東からの湿った風だった。空の灰色が少し濃くなっているように見えた。
 列車は定刻通りに来た。降りた客はいなかった。女は一両目に乗った。車内にはほかに三人の乗客がいた。全員が別々の席に座り、全員が窓の外を見ていた。
 列車が動き出した。ホームが後ろに流れる。三田村の姿が小さくなり、見えなくなった。時計台が見える。それも遠ざかってしまった。

 冬が来た。
 県道に霜が降りた。朝の光の中で、霜は白く光り、車が通ると薄い氷の膜が割れる音がした。霜は昼近くまで残った。
 三田村は駅の事務室の石油ストーブに火を入れた。灯油は月に一度、隣町から買ってきた。ストーブの上に薬缶を載せ、湯を沸かした。湯気が事務室の窓を曇らせた。三田村は指で窓を拭いた。拭いた跡から、ホームが見える。
 十二月のある朝、町に雪が降った。
 雪は粉雪で、積もるほどではなかった。しかし確かに降った。空から白い粒が落ちてきて、地面に触れると消えた。灰色の屋根の上で、一瞬だけ白く光ってから消えた。
 トメは店の入り口に立って空を見上げた。雪だった。小さな、かすかな雪。トメは手のひらを差し出し、一片が掌に載り、すぐに溶けた。
 高山は縁側に座ったまま、庭に降る雪を見ていた。柿の木の裸の枝に雪がかかり、すぐに滑り落ちた。地面に届く前に消えた。
 南は理髪店の窓から外を見た。通りに雪が舞っており南は窓を開けた。冷たい空気が入ってきて、空気の中に、水の匂いがあった。長いあいだ忘れていた匂いだった。
 雪はものの十分ほどでやんだ。
 濡れた路面がすぐに乾いた。屋根の上の白はもうなかった。空はまた灰色に戻った。
 佐々木医院の裏口の横で、紫陽花の枝の先端に、小さな芽がひとつ膨らんでいた。誰もそれに気づかなかった。


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