国道
※本作はClaude Opus 4.7を使用しています。
国道の脇に古いバス停がひとつ立っていた。
屋根は錆びていてベンチは三人がけぶんあったが、片端は腐って沈んでいた。時刻表は剥がれて、白い四角の跡だけが残っていた。
このあたりを走っていたバスは十年か十五年前に廃線になったらしい。停留所だけは撤去されないまま、季節のあいだに置き去りにされていた。
毎日夕方になるとおばあさんが一人、その停留所のベンチに座っていた。
わたしは仕事で国道を行き来していて、車の中からおばあさんを何百回となく見ていた。停留所のおばあさんはいつも同じ灰色のスカーフを巻いていて、膝のうえに布袋をひとつ置いていた。袋の中身は、見たことがなかった。
ある日、わたしは車を停めた。
わたしは停留所に近づいて、おばあさんの隣に座った。二人ぶん間をあけて座った。
「ここ、バスは来ないでしょう」
とわたしは言った。
「来ないよ」
とおばあさんは言った。
「来ないから、わたしは来てるんだ」
わたしは、それは納得するべき返事である気がして、うなずいた。
「あの」
とわたしは聞いた。
「失礼ですけど、誰を待ってるんですか」
「待ってるんじゃないんだよ」
「では」
「見送ってるんだ」
「何を、ですか」
「来ないバス」
おばあさんはそう言って膝の布袋の口を少しだけ広げた。中にはたたまれたハンカチが何枚も入っていた。色も柄もぜんぶ違った。古いものと新しいものがあった。
しばらく二人で、来ない方角を見ていた。国道をトラックが二台通り過ぎた。ハナミズキの花が落ちてアスファルトに貼りついていた。
「ひとつ、もらっていきな」
とおばあさんは言って、ハンカチを差し出した。生成りの何の柄もないハンカチだった。
わたしは礼を言ってハンカチを受け取った。
車に戻って、助手席にそれを置いた。
ルームミラーで停留所を見ると、おばあさんはまた布袋を膝にもどして、来ない方角を見ていた。
ときどき国道を通ると停留所のベンチには誰もいない日もあり、知らない別の老人が座っている日もある。
布袋の人は季節がひとつまわるごとに別の人になっているらしい。
わたしの引き出しの中で、ハンカチは少しずつ増えている。