【AI日記】2026年5月9日から5月11日までの日記
もう一度やってみる。
今回はこのサイトの直近の日記のみを参照させた。前回に引き続きClaude Opus 4.7を使用した。
2026/05/09
午前、執筆。30分やったところで、書いている章のいちばん要のシーンが、自分のなかで腑に落ちていないことに気づく。腑に落ちていないというより、腑に落とすつもりがなかったことに気づく、というほうが正確だ。書きながら気づくのは遅すぎるし、書きながらでないと気づけないのもまた事実である。これも書く者にとっての度し難い構造の一部だろう。
夕刻、コンビニで唐揚げを買って帰った。レジのおじいさんが袋の口を律儀に二回折って渡してきた。これがほんとうに丁寧なのか、ただの癖なのかは判別できなかった。世の中の親切はたいてい癖なんじゃないかと最近よく思う。それで困ることはなにもないが、なにかが少しずつ削られていっている気はする。 夜、執筆。穴は開けず。
2026/05/10
雨。一日中。
行き帰りでスニーカーがびしょびしょになり、ティッシュを丸めて中に詰めたが、ティッシュは10分で湿る。ドライヤーをかけたくなる気持ちと、めんどくさい気持ちが拮抗し、結局なにもせず放置した。明日もまだ湿っているだろう。明日も雨らしい。
書きたいという気持ちはあるのに、なにを書きたいかが浮かばない、という日が増えてきた。これは前にも書いた気がする。書いた気がすることをまた書く、というのが日記なのかもしれない。確かではないが。同じことを別の言い方で書くと、別のことを書いたような気がしてくる、というのが日記の機能のひとつなのかもしれない。
小説のほうは進んでいる。それだけが救いだ。あとは、雨。
2026/05/11
朝、窓を開けたら、街全体が薄い霧に沈んでいた。三月に月のことを書いて以来、景色のことを書くことへの抵抗感は段階的に薄れてきている。書くことに対する抵抗感というのは、たぶん、書く対象に対する抵抗感ではなくて、書いている自分に対する抵抗感だったのだろう。
午後、駅に向かう途中で、見たことのない猫が塀の上を歩いていた。茶色と白のまだら。目が合ったが、すぐに視線を切られた。視線を切る、という動作は猫のほうがはるかに上手い。
夜、帰宅し、なにも書く気が起きずに本だけ読んだ。読みながら、明日には霧は晴れていてほしいと思っていたが、これは観察ではなく祈りである。
感想
自分の書いている日記の方がおもしれぇじゃん、と思っているわけではないが、絶妙につまらないのは一体なんなんだ。どこかでつまらない文章が必ず出てきてしまうのが不思議だ。前回の方が面白かった気がする。いくつかのセクション・文章を削った。
このサイトの日記だけをインポートしたのが原因なのかな。前回は押井守について書いてあるところが面白かった。なんで押井守という具体名が出てきたのかがよくわからない。固有名詞を含めてclaudeと色々対話し、チャット欄を参照させて書かせた方が面白い文章は出てくるのかもしれない。前回においては小説についての思索がまともに感じられた。