■(記録)
開始日:2026年4月12日
paper boat
1
そこまでいかなくても、大上段に構えなくてもいいんだよと彼がいうときにはそこまでのことではないとわたしは思った。自分のことだけを考えなさいと老師に言われた。山から底の方へくだるときにはよく果物のことを考えた。自分が考えたくないことは考えなくてもいいんだと言われているようだとなんだかなめられているような気がしつつも、老師には週に一回小説を、原稿を渡さなければいけなかった。わたしは自然が大嫌いで無機質で楽しい施設がたくさん蝟集しているような空間が大好き。老師は自分の老師らしさに沿うようにしているかのように、自然豊かな、というよりも人間社会から隔絶されているかのような空間に住んでいるのだった。ほんとうのことを言えば彼が住んでいるところは殺風景で周りになにもなく自然があるだけで険しい場所にあるわけではないけれど、わたしは多少過剰に山と言い表していた。わたしは彼のもとへ行くにはちょっとした斜面を歩かなければならず、そんなときにも少し老師のことをさげすむ気持ちがあった。わたしの気持ちなど見透かされていようとどうでもいい。わたしも老師の気持ちは興味がなく、好かれていても嫌われていても同じだった。わたしは小説家になりたいわけでもなくすでに小説家だと思っていた。本を出したことはなかったが、自分のことを小説家だと思っていた。小説家としてこの世に存在していたかった。書きたい気持ちがもちろんあった。老師にも、他人に見せなくてもよかったはずだった。小説は自分に対していい顔をすることができた。わたしにとってはそれがすべてだった。わたしはここのところ不安定で、悪びれもせず老師の家を三日連続で訪ねていた。原稿を届けるのは週に一回でよかった。わたしは老師の話をまともに聞いたことがなかった。わたしが届けた原稿を彼が読んでいるとき、つとめて緊張しているような表情を浮かべるようにしていた。
2
藍はわたしと電話を続けていて、ときどきふと電話をかけたいと思う相手は数が限られているが、そして友だちじたい数が少ないが、ふとしたときに思い出す相手だ。といって藍になにもかも相談するということではない。わたしは友だちに身の上のことを話すのが苦手だった。ふと電話をしたり会ってみると、なにも話すことがない、と思うことがたびたびあった。
電話をしたときに藍はわたしが小説を書かなくなると心配していた。そんなことを言われてわたしは面食らった。自分が書かなくなるということもあるのだという可能性が、そのとき初めて現れたように思ったからだ。
ようは、筆を折るってことか?
一度も最後まで書き切ったことがなかった。ときどき短編の公募に不完全な断片のようなものを送った。そんな送り方で日の目をあびるはずはない。老師に渡す原稿も実のところは不完全だ。締切に辻褄をあわせるとそうなった。老師に渡すときにはこれは完全であって最後までやり通したつもりだという顔を最後まで押し通さざるをえなかった。公募に送るときもそうだ。そして誰の目から見ても続きがありそうな箇所で途切れていると思うものだ。
藍はわたしが住んでいる都会に近い場所といくらか離れたところに住んでいた。もともと藍も都会に近い場所に住んでいたが、なにか思うところがあって離れたらしい。そして職を変え仕事の量を減らした。藍は最近、そういえばなにか店を立ち上げたいとかそんなことを呟くようになった。絵も描いているようだったが、わたしは彼女の制作に興味をしめさなかった。不確かな記憶を掘りおこしてみると、なにかずっと絵を描いていて(わたしは美術のことがまったくわからなくてそれがなんて言われるようなものなのかを知らない。キャンバスに絵の具を塗っていて、抽象的に見えるようなやつだ、幾度か「これ、どう思う?」とだけ言われて見せられたが、「わかんない」とわたしは言うほかなかった。その返答も、数分沈黙してじっくり考えたのち捻り出したものだ)、絵を描くことがメインのようだった。
藍はわたしと違って行動力のある人であった。人が好きなのだとわたしは思っていた。
藍との電話のことだった。最初はお互い最近どうだ変わったことはなかったかという話になったけど、なにも変わりがないことを確認した。わたしはこういうときに安心感を覚える。
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