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⋰⸝꙳⋰ 𝘕𝘌𝘞𝘚
— Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 (@BunkamuraCinema) May 15, 2026
『星の時 4K』
8.21㊎~公開決定!
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「わたしはタイピストで、
処女で、コーラとホットドッグが好き」
“ブラジルのヴァージニア・ウルフ”
クラリッセ・リスペクトル原作
第36回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞… pic.twitter.com/3Pw4zByVkn
でかいいぬ
— Blueberry_JE (@asagi_bari) May 13, 2026
——2026年の今、もし二人がそうした美学を持ったまま10代になったとしたら、何をしていると思いますか?
ピーナッツくん:僕の場合、案外小説家を目指してたりしているかもしれないです。「文学フリマ」が流行っていたりして、意外と小説にはまだ自由が残されているのかもな、って。(……)
(『AVYSS Magazine Issue 1』- ピーナッツくん × tomad)
— BlueberryJodyEchoes (@pandora67.bsky.social) 2026年5月15日 17:15
X・Blueskyのポストってこのブログにも埋め込めるんだ。今知った。アホだ。
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読むことが二の次の生活に戻りたい。ここ最近読みすぎている。実践が足りていない。実践に向かう前に体力が尽きている。
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Xをみんなやるようになった、大量に字が並んでるってどういうことなのかな、みんな読むのかな、読めんよな、読まんのに字に触れてかかる
— Blueberry_JE (@asagi_bari) May 15, 2026
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小説をほんとうに読める人、良き読者(正しい表現だけど、くだらないものだ)が減ったのは確かなのかもしれないが、小説が読まれなくなった読まれていないと嘆くわりには、まだ有効性というか存在感が失われていないような気がしてくる。こうして嘆く向きは、何をいったい嘆いているのか? といつも思う。小説というものが読まれなくなった・なくなった・完全に別のかたちになって変わってしまった世界を仮定して、ものを考えるのはそれはそれでおかしい。極端かつ悲観的にいちどは考えてみせるのが賢いことだと思っているのだろうか。そんな世界を考えるのは非現実的すぎるし時間の無駄である。信じているわけでも延命させたいわけでも希望を持っているわけでもないんだけど、本なんて読まなくてよいと言ってみるよりもかったるいからいっそ沈黙でよい。人生を破壊するほど読んだほうが面白いかもしれない。なんの知識も取り入れずザッピングして読む。それで虚しくなるやつの方がおかしいのだ。何かを身につけるために本など読みたくもない。SNSに投稿されているような文字列と小説を比べるのもナンセンスだ。そういった文字列より小説の方がすぐれているとも言えるし、どちらも等価であるとも言えるし、SNSのポストのほうが万人の目を惹きつけていて小説の方は力不足である、なんていうふうにも言えるだろう。このどれもが真実だ。だからどうでもいいし、言葉にしなくてもいいことだ。幻想はずるずると引きずるものだ。人間の欲望はそんなに多様なものでもないし。大きく変わることはあんまりないように思う。本、本っぽいものはあいかわらず作られるしなんか作りてえなと思ったりする人はおびただしくいるだろうな。